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ダルトン・トランボがローマの休日の脚本家! 世界一受けたい授業で大暴露!

ダルトン・トランボがローマの休日の真の脚本家だった!?

 

明日、7/30放送の「世界一受けたい授業」で、ローマの休日の真相について特集されます。

 

内容は、ローマの休日の本当の脚本家は別人だったという内容。これはなかなかに衝撃的なことですので、かなり話題になりそうな予感がしています。

 

現に、私はこの件について、かなり興味を持ちました。

 

ローマの休日の脚本家と言えば、イアン・マクレラン・ハンター。私もこの記事を書くまではずっとそう思っていましたし、疑いすらしなかったわけです。

 

ですが、真相は異なるとのこと。ローマの休日の真の脚本家はダルトン・トランボだなんて、もはや驚くしかありませんでしたよ。

 

そこで今回は、ローマの休日の本当の脚本家とされる、ダルトン・トランボにフォーカスします。

 

ご興味がある方は、最後まで記事にお付き合いいただければ幸いです。

 

ローマの休日の本当の脚本家、ダルトン・トランボの生涯は?

 

ローマの休日の真の脚本家である、ダルトン・トランボ。なぜ彼はこれほどの名作を、自分名義で公開しなかったのでしょうか?

 

これは、ダルトン・トランボが、ハリウッドで嫌われていたためです。嫌われていたなんて甘いものではなく、実態は追放されていたと言っても過言ではありません。

 

当時、ダルトン・トランボは、ハリウッドでそういう扱いを受けていましたので、作品を公開することが困難だったのです。

 

だから自分の名義でローマの休日を公開することが出来ず、代わりに旧友のイアン・マクレラン・ハンターに名義を借りたのです。これがローマの休日の脚本家が異なる理由です。

 

ですが、ダルトン・トランボはもともと嫌われていたのではありません。嫌われる以前のダルトン・トランボは、人気脚本家の一人だったのですよ。

 

では、なぜダルトン・トランボは、凋落の憂き目に遭ってしまったのでしょうか。

 

これは、ダルトン・トランボが当時、共産主義に傾倒したとみなされてしまったためです。

 

当時とは、第二次世界大戦の終結後のことを指します。このころのアメリカは、共産主義を撤廃する流れが激化していました。

 

その流れで、ダルトン・トランボが反共産主義を掲げる、非米活動委員会に目をつけられてしまったのです。

 

しかし、それでもダルトン・トランボは身の潔白を証明しようとはしませんでした。委員会からの招致にも応じず、自らを釈明しようともしない。そうするうちにダルトン・トランボは、なんと投獄されてしまったのです。

 

2年の刑期を終え、ダルトン・トランボが出所したころには、すでにその名声は地に落ちていました。あれだけ寵愛されたハリウッドからも見放され、地位も名誉も失ってしまったんですね。

 

以上が、ダルトン・トランボがハリウッドから見放された経緯です。このような事情があって、ローマの休日を自身の名義で公開することが出来なかったんですね。

 

終わりに

 

ダルトン・トランボについてはあまり知られていませんが、実は過去に映画の題材として取り上げられたことがあります。

 

その映画が、トランボ~ハリウッドに最も嫌われた男~ですね。こちらはダルトン・トランボの生涯を描いた映画で、かなりヒットした作品です。

 

第88回のアカデミー賞のノミネート作品ですからね。興味がある方は、鑑賞されることをおすすめします。

 

では、記事は以上となります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。